【東京都】日本橋(中央区)
徳川家康が江戸に開府してまず手掛けたのが都市整備と街道整備だろう。
江戸から伸びる主要五街道が整備され、その基点となったのが日本橋である。
神田川から隅田川に流れる日本橋川も、家康による天下普請に依って開削された人工運河で、全国から江戸に運ばれる物資の集積地として栄え、築地に移転するまで魚河岸が開場されていた。
この地に呉服店を開業した三井家が明治以降も地盤を固め、三井本館や三越本店など関東大震災後に竣工された建物も見られるが、再開発が進んで新旧同居する街並みとなっている。
【東京都】日本橋(中央区)201903
徳川家康により五街道が整備され、その基点となったのが江戸・日本橋。
近代に入っても江戸時代から引き継いで、国道の道路元標となっている。
現在の石造り二連アーチ橋梁路なったのは明治44年で、東京大空襲による焼夷弾痕跡が残っている。
首都高速の高架が上空を通過していることで景観を損ねているという声は今も聞かれる。
【東京都】日本橋「三越本店(旧館)」(中央区)201904
日本橋に呉服商「越後屋」を開業して以降、地盤を固めてきた三井家。
日本橋北詰の室町を中心に、三井本館や三越百貨店など三井系の建物が新旧織り交ぜて並んでいる。
「越後屋」の流れをくむ百貨店が「三越」で、もちろん「三井」と「越後屋」を合わせた商号であつ。
三越本店は大正3年竣工、関東大震災で損傷を受けたために昭和2年に改築されたのが現在の姿だ。
玄関脇のライオン像もさることながら、浅草~新橋間の「東京地下鉄道」に直結し、店名を冠した駅が誕生した点も特記すべきである。
【東京都】日本橋「日本銀行」(中央区)201908
日本銀行本店がある本石町は、江戸時代に金座が置かれていた場所でもあり、古今通じて日本の金融の中枢の地であった。
現在の建物は、辰野金吾設計の本館と弟子である長野宇平次設計の別館、松田平田設計の新館から成り立っている。
辰野金吾による本館は明治29年竣工、ベルギー国立銀行を手本にしたネオルネサンス方式で、2~3階部分は耐震性を考慮した煉瓦造り石張りである。
事前に予約すれば内部の見学も可能である。
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